iの一期一会

アラサーiの日々のこと。

ていねいに扱う

最近感じること。

誰もが、他人から『丁寧に扱われたい』と思っていると思う。

『大切な人』だと敬われたい。

『重要な人』だと思われたい。

『ぞんざいな扱い』を受けたくない。

大きな仕事をしたい。

偉くなりたい。

命令されたくない。

人から指図を受けるのではなく、人に指図をする人になりたい。

etc....

人の欲って、果てしない。

つまり。

人として、丁重に扱われたいんじゃないか。

と感じるけふこの頃。

でも時として、自分を大きく見せたいがために、他人をないがしろにしたり、一段低くおくことで自分を大きく見せようとする。

絵を描くときの図もそうだけど、小さなものの隣に大きなものを置くと、比較対象として目立つ。

が。ちょっと待て。

果たして、自分を大切に扱うがために、他人をないがしろにしていいのだろうか?

自分のために、他人をつかっていいのだろうか?

――――――個人的な答えは、『No』だ。

あるいは。

丁寧に扱われたい、と思っている人は、自分自身を丁寧に扱っているのだろうか?

自分の身体、ちゃんと丁寧にいたわっているだろうか?

自分自身を丁寧にあつかうことで、『丁寧に扱う』ということの方法がわかり、他人にも、物にも初めてそういう扱いができるのでは?

尊重する、って、そういうこと。

ちなみに、モノの場合。

本物は雑な扱いを拒否する。

すぐに壊れたり、ダメになったりする。

シルク素材を洗濯機で洗ったら、一発でダメになるのと同じこと。

案外、わかりやすい。

壊してはじめて、わたしは丁寧な扱いというのを学ぶのでした。

最近のわたし。

小さいときから、本物に触っている人は、そういう物事の道理を自然に学ぶのだろうな。

だから、周りからも大事にされて、ますます良い循環で動ける。

ということに、納得します。

はて。

周りの人を、丁寧に扱う。

「尊重」する。

仕事でも大事。

いつもより、2秒、長く頭を下げてみる。

モノを手渡すときに、両手で渡す。

音を立てないで歩く。

道を譲る。

話すときは、目線を合わせる。

上からではなく、下から相手をみる。

敬語を使う。

など。

相手を、立てる。

どんなに納得がいかないことでも、ものすごく腹の立つ相手でも、彼(彼女)の面子を立てること。

最後に責任を取るのは、彼(彼女)だから。

そうやってやっていると、自然と相手からも返ってくるもので。

不思議と社内が歩きやすくなる。

普通に歩いていても、誰かとぶつかったり、というのはほとんどなくなるもの。(相手もよけてくれるから。)

ちなみに、お仕事でありがち且つNGだなあと思うのは、意図的に相手の面子をつぶすこと。

ソレ、やったら倍の力で戻ってくるから。

と、思いながら見てるのですが。

お仕事は感情じゃなくて、システムでするものだと思う。

大きなお金を動かしたり、稼ぐ人っていうのは、それだけの労力を使っているということを実感するのでした。

稼ぐってことは、それだけの付加価値を提供するってことなんだよね。

オジサマがたや、革新的ボーイズはホントに大変なんですね。

ふふふ。

そんな周りに守られて仕事をできる環境に、感謝です。

物事には「道理」が必要。

なんて。

粗雑に自分の身体を扱いがちな最近、自身の身体から猛烈な復讐をされてます。

ごめん、といいつつ、易きに流れがちなので、そろそろ断ち切らなければ。