iの一期一会

アラサーiの日々のこと。

October 10.

天気:晴れ

睡眠:不良

起床:9:00

体調:起床後よくなくて再度ごろ寝。ベッドから出られない。うとうとしてしまう。

 

**

手続きを経て、本格的に休みに入った。

睡眠薬抗うつ剤が処方された。

 

母には、

  1. うつで休みにはいったこと
  2. 1ヶ月はとりあえず休みなこと
  3. 薬を処方されていること

を伝えた。

 

母の反応はこうだった。

  1. まあでもあなたも頑張ってきたものね
  2. でもあなたがそれでうつなら昔のわたしはやっぱり病気だったわ(母の周りにはストレスから耳が聞こえなくなったり、目がみえなくなったりする人が割といる。私はそれを標準だとおもっていたのだが、どうも違うらしいことが最近わかるが、それだけストレスで満ち溢れている世代であることは確かだ。常々思っているのは*親子ワンセットでこの世代は社会保障やら税制やらで損をするようなシステムになっているらしい。まあいいけど。)
  3. 薬はなるべく飲むのはやめれば?

 

そんな感じで、とりあえず、わたしは本当に寝に入った。

1日中ベッドでうだうだし、起きれるときに起きて起き上がれないときにはそのまま寝ていた。

天気が良くて調子がいいときには洗濯物を干したり、元気になったときには料理をしたりしたが、調子が悪いときは頭が痛くなったり、何もする気も起きなかったので気分にまかせて食べずにねっ転がっていた。

まあでも、基本的にはうだうだしていた。

1週間くらいした日、母はふ、と思い立ったように言った。

 

「温泉に行きましょう。」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

正直なところ、別に行きたくはなかった。

動くのもかったるく、布団からでて(少なくとも外出できるような)格好をして旅行の準備をして出かけるなんて悪夢のようだった。

しかも母が運転するという。

長年母は運転をしていなかったのだが、近年事情があってちょいちょい運転するようになった。それでも平均20Kmくらいだ。

ちなみに私は完全なるペーパードライバーである。

だだっ広い土地なら考えるが、まあしばらくは運転なんかしないと思う。

取りたての頃、なんどか過去に隣に弟を乗せて練習したことがあるが、彼の反応は恐怖に戦き、発した言葉は「お前、運転やめろ。」だった(笑)

 

 

正直、断るのも労力がいる。

そしてそんなエネルギーはまだ回復してはいなかった。

結局そのまま、週末の休みに温泉旅行へ出かけることとなる。

よくも悪くも、まあ山の中の温泉だよね、といった感じだった。

帰り道に、帰る方向とは少し逆行して走り、直売所で仕入れてきた野菜やバジルは美味しかった。

バジルや山椒は今も父が庭で育てていて時々我が家の食卓に登場する。

 

 

合間の週末に時折彼がこちらにくることがあって、そのときにはデートしたり(といっても1日中ごろごろしているだけだけど)はしていた。

はじめのうちは完全に情緒不安定で泣き出したり、落ち着かなくなったりすることもあったが、だんだんと落ち着きを取り戻してきていた。

薬をのんでいることに対しては、かなり懐疑的な反応だった。

いちいち説明することがめんどくさくなったので、処方されて2週間くらいは飲んでいたが、徐々に*薬を抜くようになった。

何か思うところはあったのかもしれないけれど、とにかくそれまでは割と喧嘩も多かったのだが、とりあえず劇的に数は減り(単にお互い疲れ果てていただけかもしれないけど)、なんとなく平和な感じで日々が過ぎていった。

 

 

気力は回復していなかったが、そうしているうちに徐々に体力は少しずつ戻ってきていた。

感覚的には、この時期急性期だったと思われます。

 

 

*親子ワンセットでこの世代は社会保障やら税制やらで損をするようなシステム:

親の世代は団塊の世代のちょっと下で、娘の私の世代がやはり団塊Jrの少し下の世代なので、統計上に出てくる人数が少ないのです。

良い悪いではないと思うのですが、民主主義では多数決の原理が働くので、世代間の意見の相違が起こったときにには選挙で投票するにはしても多数決の原理で大体負けます。

子育てが終わった後に制度が整備されるとか。

まあそんなもんか、と思うんですけど。

 

*薬を抜く:本来は飲み続けるべきかと思います。他人にこれはオススメしませんが、結局のところ、本人の選択なのかなと思います。

まあぼーっとしたりすることあるし。