iの一期一会

アラサーiの日々のこと。

September 13.ー現在進行形も含みます。お題の先生、2人。

今週のお題「思い出の先生」

 

 

離職票〜、離職票〜と毎日つぶやいています。

まだきません。

いらいらしています、iです。

まあしょうがないんだけど.....

いつまでも無保険状態はつらいよ〜・・・・・

早く手続きしたいよ〜。

 

 

毎日そんなことばかり考えています。

まだ美容院も行きたいし、

クレジットカードの名義変更全部は終わってないし(いっぱいあるから大変!)、

パスポートも名義変更したい(っていうか取り直し・・・・)、

パスポート写真も撮らなきゃ行けないし、

ウエディング関係のこともやりたいし、

 

 

色々大変だけど優先順序的に、無職届を早くだしたいから早く離職票が届いてほしい・・・・・・・・!

 

 

ぎゃふん。

 

 

導入が長くなりました。

思い出の先生(1人は現在進行形ですが)2人ついて書きます。

 

 

まず1人目。

高校時代の現代文の先生。

この人は自分の部活もどきの顧問もやっていて凄く相性のいい先生でした。

でもぶっちゃけ変人でした。

どこが変人かと言うと。

  • おもしろそうだったら規定を割と無視して見ないフリをする
  • 授業で教科書を使ったことがない(独自のプリントでやってた)
  • 試験は全て記述式問題
  • 有名作者の名前(芥川龍之介とか夏目漱石とか)が必ず試験の第一問目にでる。その問題を間違えるとその後の解答があっていてもそのテストは0点(点数復活のためには原稿用紙10枚分の言い訳書(エッセイ)が必要。)
  • 生徒の好き嫌いが激しい
  • 4:30には帰る(書類に印鑑が必要だったり放課後活動で用事があるときには早めにつかまえないと職員室にいない)
  • とにかくエッセイとか文章を書かせる宿題が多い(でも何を書いても怒られない。ちなみにわたしは、夏目漱石がきらいだという文章を書いて課題提出をしたことがあります。)

そんな感じの先生で、想像できるとおり、私はこの先生から好かれる方の生徒だったので授業はとっても楽しかったです。

文章書くことが嫌いな生徒にとっては地獄のような先生だと思いますが、大学に入ってから結果的についた文章を書く能力にはだいたいみんな感謝してるんじゃないのかな?

 

 

中学時代からインターネットに頭の上までどっぷり浸かっていたわたしは、割と文章を書いたりすることは好きでした。

が、当然の如く、授業で要求されるいわゆる「きれいな」「優等生的な」文章を書くのはものすごく苦手で、読書感想文とかは書くのが苦手な宿題の最たるものでした。

優等生じゃなかったのと、好きに書けるんだったら、別に原稿用紙埋めるの何枚でも苦痛じゃないんだけどな〜・・・・という感じ。

この先生になってからは、本当にフリーダムに書かせてもらえたので、文章系の宿題が楽しくて、やらなくていいものまでやりまくっていた私。

今考えるとアホですが、賞も取らせてもらったおかげで、学校で問題児扱いだった私は評価が逆転し、呼吸もすごくラクになった。

あとはべらぼうに現代文の点数がよくなったので、評定平均を稼がせてもらいました。

 

 

最後に会ったときにもらったアドバイスは「結婚はバカにならないとできない」

 

なるほど!

と思い、目から鱗が落ちるアドバイスでした。

確かに、将来をいろいろごちゃごちゃ考えてると結婚はできない。

そのアドバイス以来、一切合切そういうことを考えるのをやめたら確かに結婚できた。

 

変な人だけど、私は今でも大好きです。

 

 

2人目の先生は、現在進行形。

いけばなの先生です。

メンズです。

 

どんな人かというと

  • 生きている日本文化みたいな人
  • たぶんわりと有名
  • 背中を見ていると、「いけばな」を背負うということがどういうことかよくわかる
  • 真面目だけどチャーミング
  • 説明が理論的でわかりやすい

というような感じの人です。

 

ひとことでいうと「超凄い人」。

 

いけばなの「い」の字も知らなかった私が、なぜか運良くこのお教室に入ってから、今日までいけばなを続けてこれたのはこの先生のおかげです。

 

 

そもそも私は「文化」というものの匂いがあまりない家で育ちました。

母は、お茶もお花もやっておらず(当時は嫁入り道具的にやっている人が多かった)、それに関しては多分コンプレックスとアレルギーがある感じで、そういうセンスの必要そうなものは得意じゃないので人生からは遠いところにあるものだったように思います。

 

 

そんな母が、カルチャーセンターで開催されている「いけばな教室」を発見して、家でゴロゴロしている大学生の娘(私)に紹介してきたのが事の発端。

母もその頃ようやく時間ができて、お茶やお花をやってみたかったのだけど、年齢が年齢だし、そもそもこれらの文化的お稽古ごとは敷居が高い。

しかもいくらかかるかわからん。

そんなもの怖くて行けないので、とりあえず実験台として娘を送り込んでみて、大丈夫そうだったら自分も行ってみたいというような理由で放りこまれました。

ダメならやめさせればいいだけだし。

 

 

私からすると、お金がとりあえず親から出てきて、月に1回銀座に遊びに行けばいい!(当時そのカルチャーセンターは銀座にありました)という格好の理由で、ならまあいっかと通い始めたもの。

 

の。

 

まず、日本文化ってなんですか?状態。

花?

さわったことありませんけど!

という・・・・・。

(女の子なのに、それまで花には全く興味がありませんでした。)

 

そんな右も左もわからない私に、「やりたいように、できるように」生けてごらん、という感じであきれもせずに手取り足取り?教えてくださったのが今の先生。

 

お教室に通っていると、いけばなだけでなく、日本文化について様々な学びや発見があり(特に日本史好きだったので)、とても楽しい。

 

 

先生をみていると、いけばなは文化としての側面と事業としての側面と両方の面を持っているので、業界?の舵取りの難しさが伝わってきます。

大抵のビジネスは、事業として利益をあげることが求められるけど、事業として利益を上あげることにプラスして、文化として生き残ること、次世代に引き継ぐことが要求されるので、すごく要求されることのハードルが高い。

残るべき文化かどうかを常に試されていて、新しいことを取り入れていかなければ生き残れない。

けれど、伝統として残していきたいものを明確にしなければならない。

 

 

今、この業界で先頭を引っ張っている方は若い方が増えていますが、本当に大変です。

大きな会社だと60代くらいになって社長になる人が多いのに、30代、40代くらいから流派をひっぱっていくのには普通とは違うストレスがかかってくる。

それに加えて、ダウントレンドで文化を維持していくのにお金がかかる。

様々な日本文化は、今、同じような状況にあると思います。

 

 

色々いわれていますが、東京オリンピックで、文化面でも、新たな日本の再発見があるようなイベントになるといいな。

魅力的なものには、自然とお金が集まりますよね。

 

 

と、いうわけで、文化を極めている方、というのはめちゃめちゃ凄く、背中から気迫が伝わってくるので印象に強く残ります。

 

そんなところで、「思い出の先生」2人の紹介でした。

 

 

ちなみに、結局母はお教室にはきませんでしたが、結果的に、家族団らんついでにお家で私とわいわいがやがやお花を生けています。(凄く時たまですが・・・・)

 

 

それにしても、東京オリンピックどうなるんだろう....

心配とワクワクと半々くらい。