閑話

今、現在。

 

 

復帰を目指して、訓練中である。

気持ちの上ではうつとうつじゃないところとポジティヴを行ったり来たりしている。

動けないこともある。

ひどいときは全部クローズして引きこもる。

 

 

今はうつじゃないところ、にいる。

 

思えばここ2年。

3年前に一度人生的には満ちた。

その後、時間をかけて、ゆっくりとタマネギの皮をむくように、本質を追求している気がする。

ちょっとやり過ぎてしまって今はお休みするところまで自身を追い込んでしまった感じはあるが、あのとき、確かに一度ゼロを目指そうと思った。

今、かなり近いところにきていると思う。

 

 

物、物質、お金。

本当に、自分に必要なこと。

やりたいこと。

それをゆっくりゆっくり、追求している。

今回は剥いた先で、新しい自分と会える、そんな気がする。

単なる勘だけど(笑)

 

 

回復するまでにはまだしばらく時間がかかると思う。

けれど確かに、今は、獅子脅しの水がゆっくりと満ちていって

 

カコン

 

といっぱいになってから水が落ちていくように。

曲がり角の先には、きっと新しい幸せが待っていると思う。

 

 

 

わたしの人生は、一般のレールに乗って平和な人生を生きている人と比べると、振れ幅は大きい方だと思う。

とはいえ、クレージーな人たちと比べるとそこまでゆれていない、というところがわたしをいつもつらくさせるところでもある。

 

 

別にわたしは占い信者ではない。

が、大抵の占いではよくも悪くもアップダウンの激しい人生だ、という記述がある。

それは、なんとなくすごく納得できる。

 

 

あとは20歳を過ぎて、生け花をはじめてから8年経つが、揺れ幅はかなりあるものの、1本心の芯が通ってきたように思う。

揺らしていくのはとても疲れることだけれど、いろいろなことを経験し、変化しながら生きていきたい。

花は、いつでも教えてくれる。

そのときの状態とか、無理やり矯めて*も戻ってしまうこととか、綺麗な形を作っていくこととか。

ときどきしんどかったり、退屈だったりしてまとまった期間休むこともあるのだけど、枝、水、花、器。

それらは、旬のあり方を、いつも魅せてくれる。

 

 

 

I love my life.

 

ーーーStay hungry, stay foolish.

 

ジョブズの言葉は、すごく好きだ。

人生の、一つの羅針盤にしている。

 

 

*矯める(ためる):生け花ではあるべき形を作るため、枝に軽く切り込みを入れて自然の枝に見えるように枝を曲げる技があります。この作業を矯める、といいます。