3号線の記憶

はるか昔のツイートを遡ってみたら、大して意味のないことばかり呟いていて思わずふっと笑ってしまった。

仕事のこと、人生のことを若さに任せて呟いていて、内容がきらきらしていて今読むとクラクラする。

若いっていいなって思う反面、恐ろしい。

 

 

時代もあって、リプがつくかつかないかも全然気にしていない使い方がおもしろい。

この時代はインフルエンサーが隆盛し始めてきた頃だけど、若さと過激な表現が売りの人が多かったからそんなにその影響力に感化されなかったのもあって穏やかに使えていたのかな、と思う。

インフルエンサー、あんまりカッコいいと思えなかったんだよ、当時の私には。

なんとなく自分から見るとイケてるようには思えなかったんだけど、SNSを眺めている限りはそれがイケてることっぽかったから、なんか自分の感覚が変なのかもしれない、とは思ってた。

 

 

 

月から金まで本当にこの仕事向いてないな、と思いながら会議と数字と書類と電話と嫌味に忙殺されて。

ようやく週末になって、終電近くで街に出かける。

キラキラのメイクを施して、ドレスとハイヒールで街へ繰り出す。

夜の街として有名なこの街は、あちこちにナンパ目的の人が歩いているのでいつも少し緊張していて、のんびりタバコも吸えなかった。*1

24h営業のファストフードでコーヒーを飲んでひと息ついて、待ち合わせをしている時は友達と落ち合って、目当てのお店で一晩中飲んだり踊ったりしていた。

別に踊るのが上手いわけじゃないけど(どちらかというと下手だと思う)、爆音のEDMを聴きながら身体を揺らすのが、平日の緊張感を解くのにちょうどよかった。

お酒を飲み過ぎて踊ると酔いが急速に回ってしまうので、飲みすぎないようにして。

普段はどちらかというと場によっては酔ってしまうタイプだけど、この時だけはちゃんと気を付けていた。*2

下手すると頭から足先まで仕事にべったり浸かって疲れ切った脳に、肉体から刺激を入れて一時的に脱皮する。

それでどうにか日々の生活のバランスをとっていたような気がする。

とはいっても、決して普段の生活からはそういうことをしているようには見えないタイプだったと思う。

昼間はめちゃくちゃ真面目にOLをしていた。

昼の顔と夜の顔をこっそり使い分ける楽しさがあったのは否めない。

 

 

 

始発が出る頃になると、お店も閉店の準備を始める。

一晩中アルコールと音楽とタバコの煙を浴びて、筋肉痛で足が痛くなるまで苛めた身体を引きずってお店から出る。

冬は刺すように冷たい空気でまだ真っ暗な空間に喉がひゅっとなり、夏は表に出た瞬間の眩しさに思わず目を細めてしまう。

だいたい一晩わいわいやって連絡先を交換した知り合いと別れて、夜中まで営業していた花屋が閉まっているのを眺めて、首都高の下を渋谷に向かって歩き出す。

何人かはタクシーを拾って景気良く家に帰ってゆき、多くは坂を登っていく。

朝から寿司やラーメンを食べに繰り出す人も一定数いた。*3

 

 

 

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夜明けの時間の渋谷までの2kmくらいは、脳のクールダウンにちょうどよかった。

しんと静まりかえるなか、ときどきランニングの人とすれ違う。

歩きながらあそこは取引先のビルだな、とか、建物のデザインを眺めたり、学校の横を通り抜けたり、バス停の停留所でどこを走る路線のバスなのか眺めたりして、朝のこの時間の散歩が好きだった。

街が夜から朝の顔になっていく。

 

 

渋谷の駅はさっきまでいた街と同じように、オール明けの酔っ払いで溢れている。

朝まで飲んで休前日を楽しんだであろう面々が、始発が走り始めるとあちこちのお店から出てきていつもカオスだった。

電車の走りだす音をききながら、宮益坂下の喫煙所でまた一服して、いつものように山手線に乗った。

 

 

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なぜこんなことを書こうと思ったかというと、先日の文フリでもらったフリーペーパーに3号線の話が記載されていて、それを読んでなんとなく書こうかなと思って書いた。

あんまり深い理由はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

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(これらはAIのイラスト)

 

 

*1:断るのもあんまり得意でなくて慣れるまで大変だったし、ぽやぽやしていたのでその街にいるのは珍しいタイプだった気がする。

*2:夜の街でべろべろになるとロクなことがないので。

*3:だから朝ラー需要あったのか!