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iの一期一会

アラサーiの日々のこと。

February 2.

天気:晴れ

睡眠:爆睡

起床:6:30

体調:お昼爆睡。お疲れ中。

 

 

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このblogは日記。

 

 

今日はこんなブログエントリーを読んだ感想。



 

なんでこのエントリーを書こうかと思ったかというと。

「巧い」と「美味い」って、ウマいこと言うな〜、と思ったから。

文章って、確かにそうだな、と。

 

 

中学生とか高校生の時に、めちゃくちゃそういえば文章が上手な人がいて、どうやったらああかけるんだろう?と疑問に思ってた気がする。

どうやったら、そうやって自分の体験を落とし込めるの?みたいな。

「巧い」か「美味い(不味い)」かで分けると、確実に「巧い」のだ。

教科書にそのまま載ってそうな文章。

あれはすごいなー、と素直に感心していた中学生時代をちょっぴり思い出した。

 

 

当時からそういう綺麗な文章を書くのがものすごく下手だった私は、作文とかって、言われてみれば大嫌い。

 

どうやって書くのかわからない。

恥ずかしいから人(先生とか親とか)に見せられるちゃんとした文章を書かなきゃいけないというプレッシャー。

思ってもないことを書くから(こんなもんで正解だろう的な・・・)退屈な文章のいっちょあがり。

 

でもって、「あんたよくもここまでこういう文章書けるわね。(ため息付き)」みたいな親のお小言も。

よくぞ、文章を書くのが嫌いにならなかったもんだ。

 

 

というのは、転換点があったから。

中学3年生くらいになると、宿題も難易度が上がってくるので、「作文」から「エッセイ」になる。

エッセイになったら好き勝手思っていることを書けばいいのだからお手の物。

退屈な授業の合間に何か書き物をしているのが常だったので(小説とかは割と読んでいたので空想系女子でした)、それが提出物になるんだったら、もう何本でも書くよ!みたいな感じで、書かなくてもいいのに、夏休みの宿題なんかは3本も4本も書いた。

(※要提出は1本。)

昔から人目を気にせず、好き勝手書くのは好きみたい。

こんどは、それをおもしろがってくれる先生がいたので、高校生時代は書けるだけ書いた。

失敗作は恋文くらい。

 

 

ということで、私の文章の方向性は、完全に好き嫌いわかれる「美味い(不味い)」系を目指している。(たぶん)

「巧い」方向へ舵を切れないのは高校生の時から自信がある。

はっきり言って書くのは好きでも「伝える」のはものっそい下手だからだ。

そこに関しては、自覚がある。

これって、多分、村上春樹さんの回答でいう「もってうまれたもの」(文章の性質と解釈しています。)なのかな。

 



 

ライター、編集、出版エリアに行くタイプの人って、総じてこの「伝える」がめちゃくちゃ巧いし、大体、昔から才能が際立っているから、結構な確率で「自分はコレで食っていけるな」という感覚がある(らしい。)。

フツーになんかの賞をとってたり、表彰されたりするので目に見えやすいのかな。

「巧い」ゾーンの人は、基本的には「メディア」系が多いように思ったり。

才能っていいな。