iの一期一会

アラサーiの日々のこと。

さいきんの外食メモ@居酒屋&ラーメン系編

ここ3、4ヶ月(5月〜8月くらい)の外食メモ。

そんなに回数ないつもりなんだけど、外食ばっかしてるような感じだなぁ....。

5月は働いていたので、そのせいもあるけど。

 

自分用にメモを残しておくと、たまーに見直したりして、相方と「そういえば、ここよかったよね!」って言って再訪できたりするので思ったよりも便利。

そう言って、最近再訪したのはここ、湊屋。

舟盛りでお刺身が出てくるのですが、リーズナブルで美味しいのでおすすめです。

 

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出没エリアがバレるので、オシャレ感があまり演出できないな....と思ってるんですが............!

ちなみに、行ったけどメモってなくてどこいったか忘れたり、いまいちだったな、というお店は載せてません。

twitterはじめてからめも代わりにできるのでいいな、と思ってます。

 

 

居酒屋.... 系

相方と私はめちゃくちゃ重宝してます。

結婚当初は高いところは避けていたのですが*1、さいきんは平均単価は高めかも?

安くすませたいな〜というときは、ほぼ上野に出没することが多いです。

上野のお店って、安い上に美味しくてグルメな街だな、と思ってます。

 

 

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....と、いうわけで、トップバッターは上野のイタリアン。

ここはすごかった。

何がすごいって、コスパがすごい。

4人で¥12,000くらいだったので、お会計のときびびりました。

しかも¥500のピザ美味しい!

お客さん4回転くらいしてそうだな、と思ってますが、人気なので行く時は予約した方がいいと思います。

 

 

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お友達とダブルデートで行ってきた天ぷら屋さん。

昭和記念公園に気合い入れて花火を見に行ったのに、雨降ってて帰ってきたというオチでしたが。

そのときに入ったお店だったのですが、あげたてを食べられる天ぷら屋さんですがリーズナブルです。

2人で行ったらこれ絶対カウンターがオススメ。

江戸前の天ぷら屋さんってごま油使ってることがわりとあると思うけど、ここは軽くてさっぱりした油でした。

ごま油系はそれはそれで好きなんだけどな〜。

 

 

 

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5月の終わりにオープンしたばっかりの頃に行ってきたんですが、まあめっちゃ混んでました。

だってお店の工事してるときから、結構ご近所に住んでる方が興味津々で覗いている人が多かったので、もののためしに1回は行くよね。

ここのお店の特徴は、焼き鳥屋さんなんだけど店内全席禁煙なこと。(お店の外に灰皿はありますが。)

広さはそこそこなんだけど、平日も休日もけっこうお客さんで埋まってます。

焼き鳥はふつうに美味しかったです。

いくつか地元田端のお店を仕入先にしているメニューがあって、地元愛?があるなあ、と思って見てました。

カードは使えないので、そこだけご注意を。

 

 

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田端のお店でもう1件は四川料理(中華)。

横浜から東京に引っ越してきて、正直平均的な中華の美味しさだけは横浜の方が美味しいなと思っていたのですが、ここは美味しかった。

たぶん麻辣味がかなりしっかり麻辣味でスパイスが効いてるからだと思う。

食べ飲み放題とかもやってますが、普通に頼んでもリーズナブルです。

 

 

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通りかかるたびに、入ってみたいんだけど、ちょっとあやしいんだよな....。

でもメニュー見てる限り旬の鱧とか入ってるし行ってみたいんだよな〜、と思って1年。

行ってきました!

マンションの2Fで営業してるので、入るまでにちょっと躊躇しましたが、中は小綺麗なお店でした。

オシャレ系?というか、品のいいご夫婦とか、引退されたおじさまがたがのんびり飲んでる感じのお店です。

単価若干高いな、と思ってみていてしばらく悩んでいたんですが、美味しい!

しかも、その素材でこの金額で出すか!と思ったので、すごい納得でした。

都心で食べると高い素材のものが、お値打ち価格で出てます。

 

 

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もんじゃ焼き&お好み焼きのお店。

たまにもんじゃが食べたくなるんだけど、月島遠くなっちゃったからあっちまで行くのは疲れるよね〜というときに出かけるお店。

もんじゃはやっぱり美味しいよね♡

相方は関西出身なので、初期は

「もんじゃ?いやいや、粉もんっていったらお好み焼き一択やろ。」

って言っていたのですが、「うだうだ言わずに、いいから食べんしゃい!」といって、もんじゃのテーマパーク月島に歩いて行ったらハマったので、そこから文句は言わなくなりました(笑)。

ここのキムチが好きで、持ち帰りもやってるのでたまに持ち帰りします。

そんなに辛くないのと、酸味が美味しい。

 

 

ラーメン系 

retty.me

 

上野で飲んだ帰りに、ぎりぎりのところで終電を逃して、電車を気にしなくてよくなったので、食べることにした夜中の1:00の〆のラーメン。

健康にすごく悪そう.....!

昔、とんこつラーメンに対して結構な偏見を持ってたんですが(太麺&家系のガテン系イメージだったので)、社会人になって博多に遊びに行った時に食べて以来、とんこつラーメン好きになりました。

余談ですが、この時たべに行ったお寿司屋さん(鮨隆)がすごくすごく美味しくて!!(大トロが!!私、大トロはそんなに好きじゃないんですけども。)、就職祝いにリクエストしました(笑)*2

博多のとんこつラーメン(細麺&替え玉&とんこつスープ、高菜と紅生姜) って、ときどき猛烈に食べたくなる.....!

 

 

retty.me

 

相方が取り置きを依頼していた宅建の申込書を池袋の本屋に取りに行くというので(近所の本屋はギリギリだったのですでになくなってたため)、夕方のお出掛けにくっついていったときのおやつ。

とんこつラーメンっておやつにもなる....!(と思う。)

私は麺の固さは バリカタ がいちばん好きです。

かためでもいいけどバリカタかな。

 

余談ですが、たいていの本屋さんって、電話してくれたら普通に本とか漫画とか雑誌とか在庫があれば取り置きしておいてくれているので、行ったら絶対手に入れたい!というものは事前に連絡するといいと思います。

あまり知られてないと思うのですが、知ってる人は取り置きシステムガンガン使ってるので。

学生時代、本屋でバイトしたときの豆知識。

 

 

 

retty.me

 

煮干しの醤油ラーメンを食べました。

たまたま午後休とった相方が、仕事終わりにラーメンランチしようか、と言っていたので鶯谷まで出かけたんだけど、お目当てだった「きみはん」(つけ麺TETSUの中華そばのお店なんですが、もしかしたら鶯谷は閉店したかも?)に行こうと思ったら営業していなかったので、探したお店だったんですが、さっぱりなのにどーんと煮干しで、美味しかったです。

煮干し系は好き嫌いわかれるけど。

 

 

retty.me

 

けっこう出かけてることが多かった8月。

疲れ果ててもう今日ご飯作りたくなーい!

連日の飲み疲れでそんなにいっぱいごはんいらない!

と言って、じゃあラーメンくらいにしとこうか?と言って出かけたお店。

びびったのは価格。

 

まさかのワンコインから食べられる.....!

 

私はもうちょっと凝ったやつ食べたかったので食べましたが、メニューのバリエーションがあって、そこそこ美味しくてよかったです。

太麺だったり細麺だったり、餃子とか持ち帰りのカレーとか。

ラーメン屋さん?

使い勝手よさそう....。

 

 

 

そんな感じで、メモは以上です♡

忘れてなければ、ハイソ系ランチ&イタリアン編も書きたい。

今年はなぜか結構ハイソ系?ランチをしている気がする。

*1:2人で飲むので家計に占める酒代がハンパないため。あんまり外食続くと家飲みに切り替えることも多いです。

*2:相方いわく、”iはお金つかう天才(天災?)”。よくそんなぽんぽん次から次に使うこと考えるよな、と言われます。それを実現するために自分も頑張って働くんだからいいじゃない。

とってもベタだけど、夏の映画というと「耳をすませば」

私にとっての夏の作品といえば、ベタベタな定番だけど「耳をすませば」である。

 

夏って大抵金曜ロードショージブリ特集するからか、予想はしてたけど結構このお題ってジブリ作品が上がりますね。

少々ひねくれた性格の持ち主である私は、もう少し捻りのきいた作品を記憶の中でザッピングしてみたけれど、ベタで定番、というのも安心感があっていい。

と、思うことにして、ベタベタだけど「耳をすませば」についての思い出話。

 

 

いちばんはじめに「耳をすませば」を見たのは、1995年の夏休み。

今はもう亡くなったおじいちゃんと現在も90代の大台にのりながらも少しのボケただけでほぼピンピンしているおばあちゃんと弟と行った映画館で、この映画を見た。

母はこの頃仕事で忙しくしていて、仕事関係の資格試験に向けて自宅で勉強していたような気がする。

一緒に住んでいた祖父母的には、同居を開始してはじめての夏休みを迎え、日中家で走り回るクソガキ可愛い孫である姉弟にいい加減うんざりしたのかもしれない。*1

小学校低学年でやんちゃざかりの弟と高学年になった姉のセットで外に連れて行けば、まあ外出してもどうにかなると思ったのだろう。*2 

ともかく、4人でお昼も過ぎた頃に横浜の街へ出かけた。

 

 

特に見たい映画があったわけではない。

有り余る子供のエネルギーを発散させる目的の外出だったと思う。

まあ、祖父母としてはおじいちゃん・おばあちゃんっぽいこともたまにはやりたい、というのもあったのだろう。

同じ時間帯で上映していたのは「アンネの日記」と「耳をすませば」の2本だった。

おばあちゃんが「アンネの日記」は生々しい戦争の記憶を思い出したくないから嫌だと言ったので、特に異論もなく「耳をすませば」になったのだった。

 

 

その時は特に感想を抱かなかったと思う。

主人公である中学生の本好きの女の子はその当時読書は好きだったので割と自分と似てるなぁ、と思ったくらい。

中学生って勉強大変そうだな、とか。

天沢聖司かっこいい!!将来はああいう賢い人と付き合いたい!とか。*3

見るのがちょっと早すぎたのだろう。

さらっと見て、まあ面白かったような、そうでもないような....?世界観は好きだな〜。という当たり障りのないことを感じて、その後すぐ忘れた。

 

 

その後、思春期を迎えてから見た時には、リアリティがある描写に重ねられるファンタジーな設定が好きすぎて、録画したビデオテープが擦り切れるくらい見た。

いつかこういう人と会えたらいいな、とは思わなかったが*4、こういう恋愛に対して憧れはあった。

まあ、主人公の雫と同じ年頃になる頃は、女子校生活をエンジョイしすぎていて、そもそも恋愛は興味のあるものの中では最後列だったし、高校受験をしなかったので、進路で云々悩むというのに共感できなかったというのもある。

たぶん私の中では、人物とか背景とかの描写がきれいなファンタジーの物語として処理されたのだろう。

 

 

今でも「耳をすませば」がジブリの中でぶっちぎりトップで好きだ。*5

たぶんその理由は、「美味しいお茶を飲んでるシーン」が何度もあり、しかもそれをものすごく丁寧に描いているからだったり、雫の住んでいる団地の描写がノスタルジーを呼び起こすからだと思う。

あの、ゆうこちゃんと雫のお茶のシーンとか、おじいさんと雫のお茶のシーンとかを、何気ないことのように日常に溶け込ませている描写が好きなのだ。

 

はじめてその映画を見た頃、私の家にはお茶を飲みながら団欒するという文化はなかった。

そういう紅茶やコーヒーで気軽に楽しむ文化がある、ということは小説とかで知っていたが、それを実践するには両親ともに忙し過ぎて一息ついてる暇なんかなかったし、祖父母には紅茶を淹れて飲むという行動様式はなかったので*6、なんとなくそういう空気に憧れがあった。

 

なんというか、描かれているさりげなく上品なライフスタイルが、当時やってみたかった生活様式の集積だったから、未だにすごく好きなのかな、と思う。 

久しぶりに「耳すま」観ようかな〜。

 

耳をすませば [DVD]

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耳をすませば (集英社文庫―コミック版)

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りぼんの原作もいいよね! 

 

 

*1:とはいえ、2週間くらいは父の実家である田舎へ行っているのでそんなに長い期間でもないと思うけど、同居をはじめてからパーソナルスペースが著しく害されたのは事実だろう。

*2:同居していた祖父母はやんちゃな男の子の面倒をみるのは無理だと悟っていたのか、弟だけを連れて出かけたことはない。弟の方が可愛がられていたが。

*3:その後、私の好みは一貫して自分より賢い人というのがお付き合いの条件の1つだったので、あの時期に受けた影響ってすごいな、と思う。今の相方も、確かに私より賢いと思う。

*4:そう思うには俗物的な現実の夏休みの旅行とか、女の子同士で行く渋谷とか上野とかの街遊びとか、ディズニーランドとか、運動部の部活動とか勉強とかで忙し過ぎたと思う。 

*5:ちなみに2番目に好きなのは「コクリコ坂から」、僅差で「魔女の宅急便」。最近だったら「風立ちぬ」はけっこう好き。

*6:その代わり、緑茶やほうじ茶を淹れて朝に飲んでましたが。

春から夏にかけてのMyヒットコスメ♡ 2017

今年の夏は毎日どこかの時間帯で雨が降っているような感じで、かなりまいってます。。

天気とか気圧とかにすごく弱くて、雨の日って結構つらくてなかなか普通の生活ができず.....。

曲がり角なお肌のためにも、もう少し規則正しい生活がしたい。

 

去年、一昨年くらいは体調管理でいっぱいいっぱいでなかなか新しいコスメに手をだそうとまで思わなかったのだけど、ようやく新しいものを試してみようという気持ちも沸いていきて最近色々試したものについて紹介しようと思います♡

 

ベース系が多いような気がする。

ちなみに私の肌質はだいたい”水分の若干足りない普通肌”です。

 

 

 

春から夏にかけて新しく買って使ってみたもの↓

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【クレンジング&洗顔

 

洗顔フォームもマイナーチェンジ。

20代前半でお化粧品とかよくわからなくて、しかも結構当時は敏感肌で色々ためしてみた結果使っていたのはマックスファクターのillimeの洗顔

ニキビができてもちゃんと洗顔してるとすぐに治ってしまうやつで、使いやすくて長いことリピートしてたのですが、その後別にビオレでもいいじゃん?となって、肌の調子がいいときはビオレを使ってました。

ただビオレって、肌が弱ってる時はわたしは割とつっぱるのがダメで、色々考えた結果無印の普通の洗顔フォームを使ってみたり、その他のを使ってみたりして迷子だったのですが、もう少し保湿系がいいなと思って探し当てたもの。

つかった時にしっとりしていて、コスパも良くしばらくこれでいいかなと思ってます。

 

 

【ベース系】

 

10年くらいずっと化粧水&乳液のスタンダードといえばillume。

肌に合っているのか、負担がないのとさらっとしていて使い易い組み合わせなのです。

今までずっと普通の水色の方を買っていたのですが、去年あたりから目の下のクマがなかなか治らず自分の中で気になっていて、ネットで検索したらメーカー問わず美白が良いとのことだったので、買ってみた。

今までのとあんまり変わらない気がするけど、どのくらい効果あるかなぁ...?

ちょっと楽しみ。

 

 

紫外線が気になり始める5月くらいからそろそろ日焼け止めかなぁ....、といつも思うのだけど、日焼け止めっていまいちべたっとしていて好きじゃない。

なるべくサラサラしてるのがいい!と思って教えてもらったのがビオレのシリーズ。

今年は、アットコスメで人気!みたいなシールがついていたので、どんなもんかな?と手に取ったのだけど、実際使ってみて、水っぽいけどサラサラしていて肌負担がないのでわりと私好み。

下地よりもさらっとしてて塗るのが簡単&楽チン。

  

写真に写ってるのはキティちゃんバージョンなんですが、中身はコレ。

私、今までパウダーファンデしか使った事がなかったんですが(化粧が下手なのでファンデで十分で、余計なことすると厚塗りしすぎる傾向が....。)、今年の春くらいからファンデのノリが悪くて、下地を使わないとうまくのらなくなってきたので、夏はいっそ新しいベースの作り方にしてみる?と思って始めたもの。

BBクリームは結婚式の日焼け隠しに使うので買ってあって放置してたので、せっかくだから使ってみようかなと。

BBクリーム&フェイスパウダーという組み合わせだと厚ぼったくならないということがどこかに書いてあったので最近実践しています。

このベースの作り方、メイク時間の時短になるし、ツヤも出るし、とてもいい!!!

なんでもっと早くに気づかなかったんだ....。と最近思ってます。

パウダーも捨てがたいけど便利だよ♡

 

 

 

 

【その他】

 

というのの、答えがでました。

っていうか、ググれ、って話でしたね。

そんな元気もなかったので、いろいろアレだったのですが、そんなわけで買った眉マスカラは超重宝してます。

次はヘビーローテーションのやつ買って試してみたいと思ってます。

KATEとどっちがいいかな。

あまり失敗がないのと、近所のドラッグストアでなかなか探せなかったのでお試しでこっちになったんだけど。

まあでも使い勝手いい!

 

 

けっこうもしや流行から周回遅れ感もありますが、アラサー女子iの最近のMyヒットはこんな感じのコスメでした♡

 

買い始めるとコスメって楽しいんだよね。 

”30歳”を越えるーー。

いつものように、布団に寝っ転がってネットサーフィンをしていたら目に入ったお題。

SK-Ⅱがスポンサー。

CMには桃井かおりとか綾瀬はるかとかが出ていて、割と好きだ。

P&Gってマーケティングが得意な会社というイメージがある。*1

 

年齢と女性は、切っても切り離せない。

お題についてエントリーを書いてみたい、と思いつつ、書きたいことが全然まとまらない恐怖が先行して寝かせていたけど、勇気をもって書いてみたい。

 

 

はじめに、私、iは”アラサー”である。

動画に出てくる彼女たちと、年齢が近い。

最後まで見たが、腕に表示される年齢と戦う姿はキリキリと胸に刺さった。

”around”という表記は便利なもので、越えても越えてなくても、その周辺の年齢を指すが、越えたのかあるいはこれから越えるのかはかなり違いがあると感じている。

今までなるべく書き手である自分の輪郭をできる限りぼかしたくて、特に年齢についてはぼかしてきたが、30歳を越えている。

わたしにとって、”30歳”は呪縛のようなものだった。

今もそこから解き放たれているとは言い難く、もやもやしながら生きている、と表現するのが正しい。

だけれども、20代後半の時に思っていた30歳よりも先の未来とはだいぶ違った景色が見えているので、そこに至るまでの恥ずかしい奮闘を少し書いてみたい。

 

 

女としての旬

「女の旬は26、27、28。」

その発言を耳にしたのは、24か25の時。

社会人になって2年目とか3年目とかで、仕事を覚えてルーティンワークを回せるようになり、日々の生活が少し落ち着いてきた頃。

このテーマを議論にのせると、様々な面で少々面倒なことになりそうなことだが、当時の私には概ねそうだろうな、と腑に落ちる発言だった。

働き始めて経済的にも少しは稼げるようになり、会議でも少しは発言ができるようになる。

仕事もプライベートも忙しいけど充実。

というか、仕事が終わってからのプライベートが本番。

また、25を過ぎて少しずつそこまでの努力が表面に出始める時期でもあり、気力も体力もエネルギーも溢れていて、やればやっただけリターンが戻ってくる時期だと思う。

 

その当時の私は、その旬の時期に自身が持てるエネルギーやらお金やら体力やら体やらの全てを投入して”何か”を掴みとらなければ、その後の自分の人生を思う通りに描いて過ごすことができないと思っていて、とにかくそこからの4、5年間、仕事にデートに趣味に旅行にパーティーに外見磨きに、文字どおり全力で過ごした。*2

 

 

結婚、出産という名の抑圧

全力疾走していたので周囲の空気の変化には疎かったが、それでも、そういう風にしてとにかく何者かになろうということで頭がいっぱいになっている私をよそに、周りの空気が変わってきたことに気がついたのは27の時。

結婚式に呼ばれる頻度が増えてきたり、あるいは女子会していると必ず結婚の話題になったり、facebookに頻繁にあがってくる結婚式や知り合いの子供の写真が増えてきたりした。 

その時はそれどころではなく、”自立した大人の憧れの女性になりたい”ということで一心不乱になっていたが、付き合ったりデートしたりする男性からも結構な頻度でそういった結婚や家族の話題になったり、あるいは両親とご飯を食べているときに「(いい年なのに)付き合ってる人はいないのか?」という話になったり。*3

あるいは会社の飲み会に顔を出せば、「結婚しないの?」「子供ほしくない?」と言われたり。*4

内心では、

”いちいちうるさい!!!

ほっといてよ!!!

今、私はそれどころではないんだから!!!”

と思っていたが、表立ってそのことを出すわけにもいかず、曖昧な笑顔で、苦虫を噛み潰しながら「いい人がいないんです〜。」と答えるのが精一杯だった。

 

結局、結婚と出産のプレッシャーは私が結婚するまでなくならず*5、27くらいからはいつもイライラしていて、心は嵐のようだったし、端からみたらハリネズミみたいだと思われたのではないだろうか。

 

辛くて泣こうと思っても、気がついたら涙も出なくなっていた。

 

 

30歳の壁

26、27、28の時期を全力で駆け抜けて29歳になった。

そのときの気分をひとことで表すなら”最悪”につきる。

ーーー30歳まであと1年。

盛大なため息と体調不良とともに迎えた誕生日。

 

あと1年で、何かを成し遂げなければ.....!

そこから先の人生を、私自身の手で切り開けなくなってしまう。

よくわからない焦りで心の中はいっぱいだった。

 

恋も仕事もドラマのように、とまではいかなくとも、ドラマチックな事柄はひと通り経験した。

でも、”何者にもなれない、かもしれない”、という苦い現実を、当時の私は受け入れられなかった。

押せば開くと思っていた未来の扉は、とてつもなく重く感じた。

 

仕事も順調とはほど遠かったが、それでもそろそろ次のステップを考えたところの、難易度の上がるものが降ってくることが増えた。

それまでは適当に、しかし真面目に働いてきたが、「キャリア」ということを考えると、どういう方向でどういったことをしたいかもそろそろ考えて固めなければならない。

将来、年上の女性の部下を持ってチームを回す、ということを考えると、頭痛と吐き気がした。

今でさえ上司の愚痴を聞き流すのだけで胃がキリキリするというのに、彼女たちを引っ張っていくなんて到底無理である。

あるいはお客さんととことん向き合い、抱えている問題や課題を解決する、というそんな高度なことができるのかといえば、若干自身のコミュニケーション能力に難があると思っている私は、足がすくんだ。*6

それはどちらもまったく実現できそうにない未来絵図だった。

 

では、転職をするべきなのか?

少し前から、それも考え始めて転職サイトに登録したものの、体力的に全く活動できなかったし、また判断能力もその時すでにかなり落ちていた。

とにかく、自立して生活するためには仕事をしなければならないし、稼げるようにならなければならない。

そういう認識はしていたが、行動を起こす気力と体力はすでに限界を迎えておりほとんど残っていなかったのだ。

 

そうこうしつつ、10歳以上年上の先輩たちの間でうまく立ち回り仕事を回していくことにも、実家である自宅に帰れば祖父母と両親は結構な頻度でガチャガチャと揉めていることにもとにかく疲れていた。

一人暮らしするために引越しをしようにも先立つものもなく、都会のスタイリッシュなお付き合いやデートにも消耗していた私は、今いる場所から逃げるように地方都市に転勤になっていた飲み仲間の同期のところに頻繁に通った。

とにかく、物理的に、今いる場所から離れたかったのだ。

 

 

誰に何のアドバイスを求めればいいのか、

自分は今後どうしたいのか、

本当に何もわからなかった。

 

 

ー私がなりたかった姿はこうではない。ー 

その気持ちだけが、そのときの私にわかっていることだった。 

 

29歳のバースデーを迎えて1月もした頃、きりきりとただ何かの目標に向かって締め上げ続けていた心と身体はストレスに耐えられなくなり悲鳴をあげた。

 

ぷつんと、何か緊張の糸が切れた気がした。

 

会社に行けなくなり、病院へいくことを促され、診断結果はうつ病だった。

同じ時期、逃げ場にしていた同期は異動で東京へ戻ってきた。

物理的に遠かったから良かったのに....、と思ったが、それらのもろもろのことを考えられる余裕は全くなかった。

毎日会社に通っていたときは、仕事とか恋愛とか結婚とか出産とかキャリアとかわけわからないものとかの自分に降りかかっている面倒ごとにダイナマイトを放り込んでまとめて燃やしてしまいたいと思っていたが、図らずしもうつになったことでそれらは無くなった。

 

目の前に広がったのは虚無。

思うように身体も脳も動かないので、ひとまず、すべてのスイッチを切って身体を休めることに徹した。

30歳へのカウントダウンの音を聞いている余裕すらなかった。

 

プロポーズ?、そして結婚

病院通いを始めてからの3ヶ月は、ベッドからほとんど動けなかった。

たまに外出するとその後の1日2日は全く布団に包まり、早く復職しなければと焦る気持ちを抱える日々。

実家で過ごす時と、東京に戻ってきた彼の家で過ごす時と大体半々くらいだったと思う。

「うつになった」と報告をしたとき、私自身は彼と私の関係は解消の方向へ向かうだろうと思っていて、付き合うのがしんどくなったら解消してくれと伝えたが、そうはならなかった。*7

身体の調子のいいときにはデートに出かけたり、荷物を放りこんだだけになっている彼の部屋の掃除を手伝ったりして、毎日が過ぎていった。 

 

休職し始めてから半年経った年末。

買ってきてから忙しくて放置してあった彼の家の棚を組み立てていたとき、いつもと変わらない何気ない会話をしていた。

 

「ぼちぼちかなぁ....。」

『なにが?』

「昇進。早いとそろそろやな。」

『あぁ。そうだねえ。』

「上がると忙しくなるよな。今でも十分忙しいけど。」

『・・・・そうね。いろんなこと、するなら今しかないんだろうね。(まぁ、忙しいったってひとごとだしな。)

「・・・!? i、する気あるん?」

(あ、まずい。そっちの話か。)えーっと、結婚?』

「そう、それ。」

『うーん、と...。  まぁ、いいんじゃない? 』

 

一瞬考えたが、出てきた答えは言葉のとおり「まあいっか」だった。

 

 

付き合い始めた当初、年齢が年齢だったので”結婚を視野に入れた上で付き合いたい”というようなことを彼から言われていたので、相手に結婚願望があることは知っていた。

「げ、めんどくさ。」と思いつつも、「まあそういう年齢だよな、自分も。」ということで、理解はしていた。

とは言え、私自身は「すごく結婚したい!」わけではなく、結婚することは考えた方がいいんだけど、とは言え彼もしばらく地方都市だし、しばらくはめんどくさいから考えなくていいか、と思って棚上げしていて、彼が戻ってきてからはうつでぼんやりしていたので考える余裕はなく、そのままにしていた。

 

唐突に落ちてきた問いだったが、答えは驚くほど自然にでてきたと思う。

 

 

そこから先は全く想定していない目の回るような忙しさだった。

お正月に実家に帰った際に、お互いの親に「結婚しようと思っている人がいる」と話をして、翌月に我が家の両親に、翌々月には彼の両親へのご挨拶。

とりあえず秋頃に顔合わせをして年内に入籍、結婚式は海外で1年後くらいという形でそれっぽい形にまとめた。

その後私はようやっと仕事に復職して時短で働き始めた。

戻ってからしばらくは身体がまったくついていかず、調子が悪い。とぶつぶつ文句を言いながらも、どうにかこうにかやり過ごす。

自宅より彼の家の方が職場に近かったので、半分は実家から、残りの半分は彼の家から通っており、半同棲状態で3ヶ月くらい過ごした。

 

現状が職場にバレると面倒なので(帰りの電車の方向が真逆なためバレる可能性が高い。)、とりあえず会社にも「結婚します。」的なことを言っとくかということになり報告。

一悶着あったのだが、いちおう上司にも了承された。

 

 

ばたばたしながら迎えた30歳のバースデー。

あらためて、彼からのプロポーズを受けた。 *8

ずっと怖かった”30歳”。

怖くて怖くて仕方がなかったのに、30歳になる直前の1年は恐怖を感じている暇もないくらい忙しかった。

20代後半のお誕生日というイベントは、私にとって年齢の数字が1つ増える恐怖の日であり続けたが、このとき迎えたその日は笑っちゃうくらい幸せだった。

 

虫の知らせだったのだろうか。

入籍は年末にする予定だったが、日々があまりに忙しく土日はほとんど動ける状態になかったので、書けるうちに婚姻届を書いておこうと言って日付は入れずに書類だけは出せる形にして保管することにしたら、入院していた家族の調子が芳しくなく、想定外ではあったが先に籍だけ入れることになった。

結婚記念日を普通に忘れそうだったので、忘れないために予定していたのは7月7日の七夕。*9

それよりも1日早くなった入籍日と、結婚指輪に彫られたずれた日付はとても強く印象に残ったのでまあよかったような......?

 

 

レールを降りる

私は結婚することと仕事を続けるかどうかは天秤にかけるものだとは考えてはいなかった。

それとこれとは別問題だし、仕事はずっと続けたいーー、というか、自分が働き続けることに疑問を持ったことすらなかった。

相手も自分も同じ会社で働いていると、仕事の話やニュアンスは普段の会話でもなんとなくコンセンサスが取れるので帰りの時間や家事の分担などでコミュニケーションを取るのにあまり苦労しないという利点はあるが、狭い世界観の中で生活して夫婦そろって同じ感覚っていうのはなんとなく気持ち悪くて嫌なんだよな.....。だいたい言葉にしないでもわかってくれるっていう感覚ってどうなの?!と思っていたので、復職して1年くらい働いてから転職しようと思っていた。

なので入籍してからも着々と旧姓使用しますとか、辞めずにこのまま働きます!と伝えていた。

  

....のだけど。

半年働いて、周囲からは全然問題なく働けるように見えていたと思う。

戻ってからも比較的普通に仕事を渡してくれたので(っつーか普通に渡しすぎだよ!!と思ってたけど)、きつかったけど仕事のカンは戻ってきたのでまあよかった。

けれども、根本的な「どういうキャリアに進みたいのか」というところは解決はしておらず、「この会社に残ってまでやりたい仕事ってないんだよなぁ...。」とぼんやり思っていたもやもやはどんどん大きくなっていった。

あと体力的にはきつくて、処方されるうつの薬は増える一方でなかなか減らせないし、ずっとこれを続けると結婚式の準備とかできないな....、とも感じていた。

薬を飲み続けてまで頑張って働く理由を、自分の中に見出せなくなったのだ。

それであるならばと思い、冷静に”そのときやりたいこと”を考えた。

私にとって一番大事なことは”結婚式の準備に時間を割くこと”だった。

 

絶対シンプルでかわいいドレスが着たい!!!

あと結婚式で色々準備したりするのに時間をかけたいし妥協したくない。

それが素直な気持ちだった。

 

いずれ辞めようと思っているのであれば、別に今でもいいかーーー。

 

もちろん、

1年も休んだら転職活動が不利になりすぎるなぁ、とか、

ここで辞めたら生涯賃金1億ぐらいロスするわ、とか、

万が一子供を産むことを考えると、育産休的なやつは今よりレベルが落ちるというかほぼほぼないんだろうなぁ.....、とか

せっかくここまで継続して働いてきたのにもったいないな、とか、

退職金ほとんどでないわ、もったいな〜、とか、

思うことはたくさんあった。

けど、それらを勘案しても、私の心は会社を辞めることに傾いていた。 

 

幸いにも相方は共働きにこだわる人ではなかった。

一応世帯の収入に関わることなので「辞めようかと思うんだけど...」と相談したが、「別に好きにしたらいいんじゃない?とりあえずすぐに困るってわけでもないんだし....。」と言われたので、じゃあまあ辞めるか、とあっさり決心がつき、未来に何の保証もないまま1ヶ月後に会社を辞めた。

 

アップorアウトとまでは言われたことはないけれど、仕事を続けるということは私にとってはそういうことだったので、不思議と納得感はあった。

 

新卒で入社してから働いてきて、どこかで転職はするかもしれないとは思っていたが、寿退職するというのは想定外だったが、もう1回同じところに戻ったとしても、やっぱりそうするような気がする。

 

 

”30歳”を越えて

色々あったが、その後無事に結婚式と引っ越しを終えて、目の回るような忙しさでバタバタしていた日々から日常生活に戻ってきた。

バタバタが終わったらすぐにガンガン働き始めようと思っていたが、今のところフルタイムでの仕事はしていない。

辞めてすぐの頃は、結婚式が終わったらすぐに仕事を始めなければ....!と焦っていたのだが、思ったように体力が回復せずにイライラする日が続いた。

今は、初っ端からフルタイムでガンガン働く、ということを諦め、体調と相談しつつ働けるときに働くスタイルに切り替えている。

ずっと仕事を続けている同期を羨ましく思うこともあって、なんで自分はうつになったんだろうと沈むこともあるけど、まあ私はそういう人生なんだな、感じている。

 

以前、知り合いのお姉さんが

 

「30歳を越えるのはきつかったけど、越えてからは人生に加速がついてきて、今もきついけどほんと面白いよ」

 

というようなことを言っていたのを、その時はぼんやりと「ふーん、そういうものなのかなぁ」と思って聞いていたが、今になると言っていたことがよく分かる。

20代後半のときは、30代、というのが未知すぎて恐怖を感じていた。

見えなかったから怖かったのだけど、30代という年代はいきなり訪れるわけではなくて、20代までの積み重ねがそのまま次のステージに移っていくということなのだと思う。

 

まだまだ、私自身は足りないことが多いと感じていて、やるべきことは多いと思うのだけど、 目の前にはまっさらな景色が広がっていて、今まで積み上げてきたものに乗っかっていったり、時には積み上げてきたものを真っ向から壊したりしていろんなことができると思う。

 

昔描いていた計画とはだいぶ違った人生になっているけど、今の方が昔想像していたのよりも面白い。

たくさんの選択肢から選べるつもりだったけど、いつも目の前に一瞬降りてくるものを、その時つかみたいと思って取ったものが自分を作っていっているというのは不思議だなと思うけど、それが本当の意味での選択なのだと思う。

 

20代のときの私に「同期と結婚したよ」って伝えたら、「ありえない。ほんと、すごくありえない。」って言うと思うけど、過去の自分の期待をいい意味で裏切る、そういう選択をし続けたいな、と思う。

  

*1:余談ですが、SK-ⅡはP&Gの子会社の商品です。

*2:ぶっ飛んでる人たちからすると、それでもまだまだ全然足りない。

*3:恋愛については秘密主義なので、いちいち親に紹介したり報告したりすることは一切しなかった。

*4:正直に書くと、30を過ぎた今現在も子どもが欲しいとは思えなくて、自分は女として何か欠陥があるのかもしれないと思う。

*5:結婚したらしたで子供産めと言われてイライラしているが、とはいえだいぶ以前よりはマシである。

*6:端からみるとうまくやっているように見えるらしく、コミュ障だと指摘されたことはない。それどころか少々難ありな人ともうまくやれるタイプだと周囲からは指摘され、実際そういうタイプがチームに配属されることもちょいちょいあった。

*7:当時何人かのうつ明けの人と仕事をしたことがあり、よほど自分を強くもっていないと気持ちが結構引っ張られることを自分の経験で知っていたので、同じことを経験してほしいとは思わなかったのだが、彼も何人かうつになった同僚を見たことがあり、心配はしても深くは気にしていないようだった。

*8:要求したわけじゃないよ!「後々の禍根を残したくないからちゃんとしてくれ」とは言ったけど。

*9:この日に入籍するカップルは多いらしく、役所は結構ばたばたらしい。...と、窓口のお兄さんが言っていた。「明日は忙しいけど今日は全然だからついでに写真撮っていく?スマホ出して?」と親切に写真も撮ってくれた。その日撮った写真は、思い出に残るものになったので、入籍するカップルには時計と一緒に写ることをオススメします♡

読書についてのあれこれと思い出

絶不調でした。

例年5月〜6月って結構だるい&つらいのコンボで動けなくてイライラするのですが、ちょっと落ち着いたかなと思っていたけど、やっぱもう少しいろいろ生活改善が必要っぽい。

 

 

 

うつうつしている間は、本読んだり漫画読んだりしてました。

昔からインターネットの課金コンテンツって、私あまり好きではなくて、紙の本は買うけど、画面で見るものは買わない主義でした。

無課金でもいろいろアマチュアの人が書いている小説とか×次創作とか*1はかなり精度が上がっていて、うまく探せば読んでいて楽しいものもある。

読み始めると止まらないので、寝る暇を惜しんで読んでしまうという本末転倒なことも。

課金・無課金のコンテンツの話は長くなりそうなのでまたの機会に。

今日は本を読むことについて思い出したことをつらつらと書きます。

 

 

本を読む、ということは学生時代からそこそこ好きな方でした。

自宅に暇つぶしになる娯楽が、本や漫画の他にはパソコンくらいしかなかったからかも。

私の家はゲームの類はNGという家だったので、ゲームはお友達のお家に遊びに行ったときにやるもの、という感覚。*2

漫画は運よく買ってもらえるときもあるけど、どちらかというとお小遣いで買うもの。

その代わり本は割と買ってもらえた、と記憶しています。

いわゆる、優良図書というやつですが。

 

 

そのためか、比較的わたしは小学校のときから本も漫画もよく読む方だったと思うのだけど、読書感想文はすこぶる苦手。

感想を、と言われても正直何をかいたらいいかさっぱりわからないし、どうしたらいいか悩んだ挙句、読書感想文の見本の文章を丸写しして、内容だけ変えて書いたら親からダメ出しを食う始末。

母からは

「あなたの読書は人から褒められるためだけにやっているように見えて好きじゃない。」

と言われたり*3、また中学に上がってからは学校で読書記録ノートなるものがあって、読む冊数だけは人の倍くらいあるものの、読んでいる作家の偏向がありすぎて*4、国語の先生のコメント欄には

「他の種類の本も偏りなく読みましょう。」

とあったり。

我ながら、よくぞ読書嫌いにならなかったな、とは思います。 

googleで検索したら、当時の読書はいわゆる偏向読み&乱読といって、成長途中ということを考えると、一般的に歓迎はされない傾向だと思う。

読書法に正しいとか正しくないとかがあるとは私はあまり考えてはいないのだけど、まあそれは大人になったから別に乱読だろうと多読だろうといいじゃない、読んだ感想とか読後がぺらぺらでも。と思えるだけであって、まわりからしたら周囲と違和感なく馴染める優等生とはかけ離れていたのではらはらしていたと思います。

 

 

そんな感じで多感な時期である中学生〜大学生くらいまでの間は、部屋の床は本だらけ(掃除しろよ、と思いますが)、机にはパソコン、そしてインターネットとどう考えてもオタクかつ変な人の部屋だな*5という環境で過ごして、読みたいものを読みやりたいことをやってすごしてきました。

 

 

大学生くらいからは、本を読むことに慣れたからか、毛嫌いしていた古典と呼ばれるジャンルや近代文学*6、新書もビジネス書も自然科学的な分野もそこそこ読むようになり、また1回読んだものを何度も読み返したり、精読したりとだいぶ偏りは補正されてきたように思う。

海外文学とかももうちょっと読んでおけばよかったな、と思う。

 

 

大学生くらいになってからは、母との読書の話のわだかまりも溶けていて*7、本読むの早くていいよね、くらいな感じだ。

 

 

仕事をし始めてからしばらく忙しくて読むこともなかったけど、最近はちょうどいいから何か読もうかな。 

*1:要するに同人系やライトノベルと言われるジャンル

*2:後に弟の時には懇願に根負けして買っていたので、その後はあるにはあったのだけど。

*3:そういう母は量を読む人ではなく、想像するに、学生時代はどちらかというと教育を考えた時にど真ん中をいく多様な本を読むタイプです。

*4:1人の作家が気に入ると図書室に置いてある本を読み尽くすことが多かったです。だから、本質的に読書記録を取らせる目的である”多様な本を読むこと”とは趣が少々異なった使い方をしていました。

*5:偏見です。

*6:それでもやっぱり好きなのは太宰とか三島とか谷崎だったからやっぱりだいぶ偏ってる....。

*7:っていうか、そんなこと言ったの?って忘れてたよ....。やっぱり。

専業主婦で結婚生活をしてみて大事だと思うこと

もうちょっとで3回目の結婚記念日を迎えます。

 

結婚記念日というと、入籍した日にするのか結婚式をした日にするのか悩むところですが(一致させているお友達もいます。)、わたしたちは入籍した日かなぁ。

入籍したときも、その4ヶ月前から同棲していたので、入籍して大きく生活変わった感じはあまりなかったのだけど、区切りとしたらその辺.....。

 

 

 

でも苗字が変わって、銀行口座とかクレジットカードとかパスポートとか住民票とか運転免許*1とかの変更するのはめんどくさかった。*2

 

 

という感じで、子供のいない専業主婦の結婚生活を2年過ごしてみて(途中たまに派遣OLになりましたが)のポイントをかいてみようかと思います。

 

1.個人的なある程度まとまった資金を(6桁くらい)もっていること

これ、マジで大事。

簡単に言うと、自分の意思だけで自由に動かせるお金を持っているってことなんですが。

なんでかというと、、、、あ。これはどちらかというと私がそもそも専業主婦になりたくてなったわけではないということも関連するかもしれないけど、まあ、2人で生活してると、逃げ出したくなることもあるわけで。

っていうか、自分だけの時間で生活空間と繋がっていないところへ脱出したくなったり、相方と大げんかしたりして思い立って家を出ようと思った時*3に、動けるためのお金を持っておくと、かなり気がラクになる。

 

”いつでも簡単に逃げ出せる”ようにしておくこと。

 

そう思ってると、案外こころに余裕があるので詰まらない気がする。

 

 

2.寝室を分けられるスペースを確保する

要は、2部屋以上ある部屋に住む、ということ。

寝る場所が1部屋しか確保できないと、喧嘩して物理的にとりあえずスペースをとりたい時にとれるスペースがないと詰む。

 

喧嘩しないから大丈夫!

とか

喧嘩したとしても1部屋しか寝られるお部屋がなければ、そこで寝るし強制的に話さないといけない環境だから大丈夫!

っていうようなこともあるかと思うんですが。

私は断然お家は2部屋必須派。

結婚する前からちょいちょい喧嘩はする方だったのですが、お互い逃げられるスペースを作っとくのって結構大事で。

”逃げスペース”がないと、本来だったら1時間くらい頭冷やせば正常な判断ができるようになるところを、頭に血が上りっぱなしで売りことばに買いことばみたいな感じで爆発すると関係を補修するのに結構時間かかったりするので。

 

 

3.あんまり気負わない&思ったことは伝える

真面目な性格の専業主婦ってどっかで詰む気がしてます。

 

旦那さまがとってもお金持ち♡って感じだとまた別の悩みが発生するのかもしれないですが、まあ日々の生活ってどうやってやりくりしようかな.....というのもあって、私はまあ気軽に出かけられないから結構家にいることが多いです。

交通費....!とか考えるじゃん。(とか言って、結局どーん!とお金使いますが。)

で、そもそも家の中にいるから思考がぐるぐるする。

そして、心のどっかで、

”一応相方のお給料で食べてて、何もしないでも生活できるようにしてもらってるし、まあ家の中のことくらいはちゃんとしておこう〜。”

と、誰に頼まれてもないのに勝手に思ったりする。

 

 

完璧な主婦を目指して、朝起きて、朝ごはん作って、お弁当作って、洗濯して、干して、お掃除して、お昼つくって、夜ごはんの材料買いに行って、洗濯物取り込んで、夜ごはんをつくる

 

.....って、気が狂うよ!

 

いろいろ無理すぎる。

 

 

籍入れてから1年間は、新婚旅行行くために2週間くらいの長い休みをとりたいけど仕事復帰したら取れないだろうというのと、ちょっくらゆっくり休みたいという理由で専業主婦を選択したので*4、一応結構がんばっていろいろしていたのですが(ごはん作ったりとか、お茶やおかずの作り置きしたりとか)....。

あと新婚期間って1回しかないから、相手が理想だと思ってる感じを作ってもいいかなぁ〜と思ったのもあって、本当に頑張ったのですが....。

 

1年間私が頑張った結果、相方が”家のことをiがやるのが当然”的な空気を纏い始めて、本人は(過去に1人暮らしをしてた時にはやっていたのに)料理とか洗濯とか掃除とか何もできない人になり、家の中のことを何もやらず、家ではでーんと座っていて当然、みたいな感じになった。

 

その態度を見て思ったことは、

 

マ ジ で こ い つ ク ソ だ な!!!

 

と感じて、私の中で何かが決壊してしまい、いっさい相方に対する尊敬できるポイントがなくなった。

そして、そのまま、相方に申し上げました。

 

今のあなたのこと、まったく敬意を払えないし、尊重する気もない。

敬意を払えない人に対してパートナーとしての意識は持てないので、今後しばらく同居人だと思うことにする。

同居人だったら、何もしてくれないとしても、他人だからしょうがない、と思える。

敬意を払えない人に対して、私は性欲を感じないから、しばらくあなたを夫だと思うことをやめます。

本当に疲れたので、1ヶ月私は何もしないので、適当に生活してください。

 

当時は1ヶ月くらい本当になにもしなかった。

ご飯も洗濯も掃除も自分のことしかしなかったし、寝室も分けて生活していた気がする。

 

 

この時のことは、相方も結構こたえたようで、その後は割といろいろなことをやるようになった。

最近は、いろんな人に旦那さん稼いでるのに、主婦業もいろいろやってくれてiは自由に生活できてほんといいね!と言われることが多い。

相方本人も周囲から「すごいっすね!」と言われることが多く、まんざらでもないらしい。*5

1人暮らし時代から一切できなかった料理もできるようになったり(週末は割と相方が作ってくれる)、生活必需品のストックを意識してくれるようになったり、ゴミに関しては1人で持っていけない量にならない限り、分別から曜日から把握して完璧なゴミ出しをしてくれるので、かなり生活は楽になった。

  

派遣で仕事をしたときもそんなに違和感なくすんなり行けたのは、そのときそこまで家事が私に寄っていなかったからだと思う。

 

家族の中のことは、本当にそれぞれの家族のルールが運用されて作られていくと思うので、あまり溜め込みすぎないことは大事かな、と思う。

 

 

まとめ

私にとって、結婚生活をしていくので大事なことは、お互いが自立していることは最低限の条件だと思う。

経済的には私は全然自立してないので言ってることが支離滅裂なことは承知はしているけれど、できる方ができることをやればいいというゆるい感じで生活していて(それこそ、周りに言うといつもびっくりされるくらい家事とか家計管理に至るまで私たちはゆるい。)、目線だけ合わせておけば、結婚生活の空気を育てていくのは思ったよりは楽しいと思う。

 

 

PS.

今さらながら、twitterはじめました。

なにもつぶやかないかもしれないけど......。

 

 

*1:いちばんはじめに免許を変更するとけっこう楽です。あとパスポートは旧姓のままにしておいても使えたはず。

*2:なお、いちばん面倒くさいと思った名義変更はデルタ航空のマイル。いまどきFAX......!いいけどさ。

*3:普通は思い立たないと相方に言われましたが、私は思い立つことあるの!!と主張しておきました。

*4:2年経ったけどまだ行ってません。ようやっと固まってきて9月に行く予定です♡

*5:余談だが同じように結婚している同期とかと比べると、相方はおそろしく家事をしているので周囲から驚愕されていて、私は彼らから鬼嫁認定されている。

いま、この瞬間の欲望をひとつひとつ実現する。

ポエム的な話。

 

 

辛い......!

というか、久しぶりに非常に辛い2週間だった。

仕事が終わって、規則的に会社に行かなくて良くなったからか、気圧の関係か*1、はたまた両方か。

久しぶりにどブラックな期間を過ごした。

 

 

具体的には、

  • だるくて布団から出れない
  • 家の中は放置しっぱなし
  • お酒を飲むと荒れる(または、記憶がなくなるまで飲む)
  • 動けない
  • やらなければいけないことが積もっていく
  • 相方には完全な八つ当たり
  • 動きたくない
  • もちろん家から一歩もでない
  • 家のことは一切しない
  • ひたすら眠るだけで昼夜逆転
  • 起きている時間はインターネットサーフィン(っていうか、ROM)ポーランドボールという漫画をひたすら読んでいた。猫耳と尻尾のついた日本はちょっと可愛いと思ってしまった。あと、ヨーロッパのうる覚えだった地図が結構正確に書けるようになった気がする。

という感じで、久しぶりに うわぁ....... という感じになった。

 

 

仕事が一区切りしたらやりたかったこと(やらなければいけないこと的なやりたかったこと)が山積みになっていたのに、一切合切無視を決め込み、ひたすら、ただひたすら引きこもるだけの時間。

家飲みのお題とかも書きたかったのに、途中まで書きかけて結局投稿できなかったし。

いろいろ残念すぎる。

 

とりあえず、MUSTかつ終わらせたかったこと

  • 新婚旅行(海外)の手配←金額みて眩暈が.....  放置
  • 夏に出かける飛行機の手配←マイルで飛ぶ予定なのだけどめんどくさくて放置
  • 歯医者に行く←奥の親知らずが前に怪しいといわれていて、本格的になるまえにどうにかしたいのだが。←歯医者に行ったら奥の親知らずは抜いた方がいいと言われて泣きたい。っていうか泣く(T ^ T)*2←去年クリーニングしたときに、親知らず抜けば?って言われて絶対嫌だけど最悪しょうがないから腕のいい歯医者を探そうとおもって探した近所の歯医者さん。腕は確かによさそうだけど.....。。。。。  頑張って行った。
  • 美容院に行く 行ってきた
  • 夏のお洋服を買う←オフショルダーのギンガムチェックのトップスと涼しくて軽いワンピースが欲しい 放置

 

全然ダメだ.....と思ったけど、書き出してみたら思ったよりは進んでるわ。

わたし結構えらいかも。

 

 

6月は本当に私はもともと苦手だけど、まあ例によってつらい。

昨今のパキッと晴れたり、ぐずぐずな曇りとスコール的な雨が続いたりする、この落差の激しい気候が苦手だ。

はやく梅雨開けしないかなぁ.......。

 

 

こういう何をやっても全然ダメな時は、意識して”今、自分が何をしたいか”ということにフォーカスすることにしている。

私は結構、先のこと、先のことを考えてしまって勝手に悲観的になれるという残念な特技があるので、かなり意図的にこういうことをしないと本当にひどい感じに悪化する。

なので、こういう期間の対処法は、本当に些細なことでいいから”お昼にラーメン食べたい”とちらっとでも思ったことを1個ずつ実現して積み上げていくことで、気がつくと自信が回復してきて比較的動けるようになったりして、ブラック期間を抜けていく。

 

 

とにかく、子宮のあたりで感じていることを丹念に探って、感じていかないと頭で考えていることが先行してしまってハートが考えていることがわからなくなりがち。

それは結構、私にとっては怖いことなので、本当に気をつけている。

 

体力のある頃は、とにかくどうしたいかわからない時は、夜遊びに出かけて夜通しお酒のんで踊って、たまには異性と夜を過ごすことでリセットしていたが*3、それをやり切るだけの体力が枯渇してしまったので辛い気もする。*4

 

 

相方のすごく好きなところは、こういう風にブラック期間に突入した時に、ムリに「アレコレして、解決したら?」ということは一切言わず、 ご飯を作れないときはお弁当を買ってきてくれたり*5、洗濯物が放置されていても一切文句は言わず回し終わった洗濯物は乾燥機に入れてくれたり、働いたら?とも言わず、とにかく放置してくれるところだ。*6 

とてもありがたいと思って感謝している。 

 

 

そろそろ、抜けられるといいなぁ.....。

そういえば、その抜けるきっかけの一環として、「マツコの知らない世界」でやっていたスーパー銭湯的なやつに行ってきたんだけど割と良かったです。

平日の夕方という結構な時間に行ったんですが、かなり混んでました。

すごいな。

 

www.sayanoyudokoro.co.jp

 

 

少し前から、銭湯巡りをたまにしているのですが、たまにはスーパー銭湯的なのもいいよね。

個人的なお気に入りの銭湯は寿湯(7月まで工事中)と斉藤湯。

 

台東区東上野寿湯

東京都荒川区日暮里銭湯 日暮里 斉藤湯

 

 

たまに思いっきり汗をかきたくなるので、銭湯行ったり岩盤浴行ったりよもぎ蒸し行ったりします。

あ。

よもぎ蒸しも私は割と好きです。

最近全然行ってないけど。

仕事しててストレスフルだったときは頻繁に駆け込んでました。

 

よもぎ蒸し | よもぎ蒸し&ゲルマニウム温浴 女性専用サロン 楽座や | 日本橋・池袋・新宿・渋谷

 

 

そんな感じです。 

独白おわり。

 

*1:うつになる少し前くらいから体調デリケートになり気候にかなり左右されるようになった。

*2:たぶん痛くないし、5分〜10分くらいで抜けるしそんなに気にならないと思うといわれたけど怖い。痛いのほんとムリ。

*3:倫理的にはともかくとして、体感的には頭もスッキリして結構いいリセット方法だと思う。

*4:っていうか、今同じことやったら倫理的にアウトである。

*5:早く帰ってきた時はお味噌汁を作ってくれる

*6:そういう扱いをしてくれるようになったのは、うつを経験しているところを間近で見ていたからかもしれない。初期は構いたがりだったけど、途中から放置が唯一の有効手段としてくれるようになった気がする。